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( 2024/05/01 )
[2024/05/01] 【旅行特集 其の2-1】名古屋、春のひとり宿泊旅行レポート(1日目)
どうも、管理人のふかもこです!
今回は、ゴールデンウィークの宿泊旅行特集。
私は1人、愛知県名古屋市へ1泊2日の宿泊旅行に行ってきました!
私自身にとって、名古屋は初めて訪れた場所。
旅行の最初から最後まで名古屋だけ。まさに都会の町めぐりの旅。
例によって写真をいっぱい撮ってきたので、1日目と2日目、
2つの記事に分けてレポートを書いていきます。
今回は歩き旅。レンタカーなど車には乗っていません。
まずは1日目から。
京都を出発してから新幹線で約40分。
「のぞみ」に乗って、あっという間に名古屋駅に到着。

まずは、名古屋市四間道(しけみち)町並み保存地区を歩いて訪ねた。
で、実際の風景は、というと・・・
まあ、辛うじて建物に昔の宿場町の雰囲気が残っているのかなー・・・という程度だった。
車は普通に通るし、住民は普通に生活しているので、これといって撮るほどのものではなかった。

それでも一応、地元の人たちが利用していると思われる
小さな神社があったので、そこでこれから2日間の旅行が無事に楽しめるように祈っておいた。
時期的に端午の節句が近かったので、境内には鯉のぼりが泳いでいた。

そこからしばらく北西に進むと、「ノリタケの森」が見えてきた。
ここに来るまで私は全く知らなかったんだが、
ノリタケとは、愛知県名古屋市西区に本社・工場を置く世界最大級の高級陶磁器・砥石メーカー。
その本拠地のお膝元と言ってもいいここ、ノリタケの森には
ミュージアムや、食器などを売っているショップがあった。

エントランスには、かつて陶芸窯の一部として使われていたという複数本の太い煙突が。
それも今やアートの一部。
煙突から煙突へ、曇り空の下、大きなこいのぼりがいっぱい泳いでいた。
すぐそばには、「イオンモール Nagoya Noritake Garden」がある。
さすがは世界のノリタケである。

続いて訪れたのは、これまた愛知・トヨタ自動車のお膝元、トヨタ産業技術記念館。

入館料は、大人1000円。高い・・・・・。
だが、実際に中を見てみると、お値段以上の見応えがあった!
トヨタの創業者は、言わずと知れた豊田佐吉(とよださきち)。
1867年生まれ。ギリギリ江戸時代の人である。
この人は、「報徳思想」なる、簡単かつテキトーに言えば
私利私欲を抑えて国や仕事に奉仕することを良しとする考え方を大切にして生きていたという。

モノづくりの精神にもそれは活かされることになったが、
彼より1つ下の世代に生まれた松下幸之助との違いは、
社員も家族同然として扱っていたかどうか。
豊田はその点がやや欠けており、
新技術の研究・開発においては自分とその一族の意見を優先する傾向があった。

その最たるものが、博物館に入ってわりとすぐの所にある、環状織機。
じつはトヨタは元々織機のメーカーであり、
自動車を作るようになったのは1933年になってからだった。
クルマを作る前からトヨタという会社の規模自体は大きく、
環状織機は、例えるなら神社の大きな御神木というか、それほどの大きな機械だ。
ただ、それだけに量産化には至らず、
詳細な構造は当の豊田一族しか知らなかったらしいので、
豊田氏亡き後に故障したこの織機は、修理しようにも部品の交換すらできず、
結局、これが世界で一台だけの環状織機になってしまった。
歴史にもしもは禁句なのかもしれないけれど、
もし、松下のように社員を家族のように信頼し、その技術やノウハウを広く共有していれば・・・
トヨタは織機のメーカーとして君臨し、
あるいはもしかしたら自動車メーカーにはならなかったのかもしれない。
ちなみにこの機械、今でも動くし、それをスタッフが実演してくれた。

それにしてもこの博物館、広いねえ!
ここまで来ると、まるで工場見学しているみたいだわ。いやマジで。

今となっては麻薬のイメージがすっかり定着してしまった大麻だが、
日本では綿花が取り入れられる以前は、庶民の服の生地として
大麻が使われていた時期もあったという。

それで、織機だけでこの博物館は終わりか? と思えば、さにあらず。
ちゃんとトヨタ自動車としての顔もしっかり見せてくれた。
自動車の展示エリアも、とにかく広い!

昔のトヨタ車も展示されていた。

実車のハンドルが自由に回せる!!
でも、本物の車とは違い、惰性で戻ることはなく、無限に何回転でも同じ方向にクルクル回せた。
ゲームセンターではなく、実車のハンドルでこんなことができるのはある意味斬新。

かぼちゃのスープだよー!
・・・ウソ。自動車の生産がまだ十分に自動化されていなかった時代は、
こうやって人力で金属を加熱しては溶かし、鋳型に流していた。
要するに、鋳物である。

なお、トヨタは最初の頃は「トヨダ(TOYODA)」だった。
それが豊田氏の意向により、個人名は使いたくないとのことで
「ダ」から濁点を抜いて「トヨタ」になったのだった。

昼過ぎ。私にとって初体験となるメイドカフェの時間がやってきた。
店の名前は、「めいどりーみん ありがとう大須店」
根暗で口下手な私が、いよいよ新しい世界のドアを開ける・・・

が、中に入ってみると客は男性だけでなく
女性やお子様連れの方もいて、意外と敷居は低い? という感じがした。

食事のメニューはこんな感じ。た、高い・・・。。

まあメイドカフェだから高いというのもあるが、
一応、口の中に入るものだから、安全には配慮されているようだ。

メイドさんいわく、「私たちの顔を撮影したら溶けちゃうから撮らないでねっ」
とのことだったので、残念ながら顔は撮影できなかったが、
とりあえずアトラクションだと思って受け身で楽しみつつ、
料理やチェキを頼む時は、両手を猫のポーズにして「にゃんにゃん!」と言ってメイドを呼んだりした。
一応、頼んだ料理はこちら。
アイスコーヒー

パンダのパフェ

結局、1時間滞在し、そのわりに結構な金を搾り取られてしまった。。
ま、まあメイドさんとおしゃべりができたり、写真が撮れたりしたから
これはこれでヨシとするか! そう思うことにしよう。
やっぱり、自分の性格ではこういうのはダメだった・・・。
貴重な体験をさせてくれてありがとう!

それにしても・・・
ここまで名古屋の町並みを見てきて思った。
名古屋の人って、派手好きなのか?
ゴールデンウィークだからってのもあるだろうけど、
いろんな所でバザーや祭りが開かれ、建物も派手なものが多い。

南北に長い久屋大通公園。その真ん中には、名古屋テレビ塔がそびえ立っていた。

昼下がり、やってきたのは名古屋城。

元来、「なごや」は現在の「名古屋」ではなく「那古野」だった。

さて、そんな名古屋城。
城の外の公園を入るところから入園料を取られたが、
それなりに整備はされており、人も多く人気は上々の様子。

だけど、肝心のお城は配管がサビており、城壁に色移りしている・・・。

展示物はなかなか良かった。特に、赤ちゃん用のでんでん太鼓とか。

城から戻ったついでに、金シャチ横丁へ。
「宗春ゾーン」と「義直ゾーン」の2つがあるが、こちらは義直ゾーンのほう。

電線もないし、そのまま時代劇の舞台としても使えそうな雰囲気だった。
夕方になってきたので、人は少なめだった。

とりあえずここの「鳥開総本家」で、名古屋コーチンそぼろ丼を食べた。
本当は親子丼のほうを食べたかったけど、
ちょっとどころではなく値段が高かったので、そぼろ丼で妥協した。
味はとても美味しかった!

その後、雨こそあまり降らなかったものの青空が見えないまま
名古屋地下鉄の環状線と思われる名城線に乗って熱田(あつた)へ向かい、
そこにあるビジネスホテルに泊まって、旅の1日目が終わったのだった。
つづき(旅の2日目)は、次のページへどうぞ。
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