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( 2022/05/05 ) [2022/05/05] 3年ぶりの公的制限なし! 2022GW、日帰り旅行の写真集 (Vol.1:大阪・京都編) 3年前、2019年の未明から世界を騒がせてきたコロナウィルス(COVID-19)。 これにより、ゴールデンウィークや盆休み、年末年始のような世間の大型連休が近づくたびに 国や全国の自治体、特に維新の会の連中はグルになって 緊急事態宣言やらマンボウ(蔓延防止等重点措置)やらを出し、 人々の行動を制限しようとしてきた。 しかし、あれから3年。 ウィルスも人間に対抗すべく進化し続けてはいるものの、 毒性も感染力も弱まり、国も問題ないだろうと判断したのか、 例年とは異なり、行動を抑制する宣言を出さずにゴールデンウィークを迎えることができた。 申し訳ないが、私はアンチマスカー、アンチコロナの人間だからねぇ・・・ こんなことを冒頭で書いちゃったけど、それだけ嬉しかったってことよ。 さて・・・ この記事の本題はもちろんコロナのことではなく、私の旅行のレポートだ。 ゴールデンウィーク中に、私は近畿一円、 日帰りではあるが複数日にわたっていろんな所でいろんな風景を見て、 たくさんの人たちの、マスクを外した「素顔の笑顔」を見てきた。 そこで、これより長文になるが、 たくさんの写真を交えて、今回の旅行のレポートをしていこうと思う。 写真の枚数がものすごく多いから、 「Vol.1:大阪・京都編」「Vol.2:奈良編」 上記の2エリアに分け、1ページずつ記事を分けてレポートした。 なお、人々の笑顔の写真は、その人たちが私にとって赤の他人であり 許可は取っていないので掲載できない。そこはあしからず。。
1日目。 京阪沿線でトレッキングと博物館めぐり。自然と歴史に触れる旅。 まずはその日、京阪電車の出町柳駅で 「大阪・京都1日観光チケット」を前売りで購入した。 ![]() このところ、アクティビティーを手掛けるアソビューという会社が 結構盛り上がっていたから、その勢いに乗って便乗。 京阪電車の沿線をめぐってみようじゃないか! という運びとなったのだった。 ここから先は、現地の写真をガツーン!と紹介していくけど、 あまり長い文章は書かないでバビューン!と行くからね。あしからず。 私の住む京都から一気に大阪府へ。 雨上がりの曇り空、野崎観音のある慈眼寺(じげんじ)でお参り。 ![]() ここの入口には、石製の滑車が付いた柱が立っており、手で回すことができた。 これを回せば、何かいいことがあるのだろうか? ![]() さらに大阪市内まで行き、大都会の中に佇む大阪天満宮では 干支12の動物のうち、6体の大きな絵馬が飾られていた。 ![]() 上の画像では、その6体の絵馬が1つになっているけど、 実際には上下の3体ずつが別々の場所に並んでいた。 それから大阪城の近くまで歩き、やってきたのが大阪歴史博物館。 ここがなかなか見応えがあった! 階段の踊り場から、ガラス張りの大きな窓越しに大阪城を見下ろす。 ![]() 古く江戸の世には「難波宮(なにわのみや)」と呼ばれていた、その近辺。 今は難波(なんば)として存在する。 また、大阪はかつて大坂であり、さらに遡ると逢坂(おおざか)だったという。 「おおさか」ではなく、最初の「お」にアクセントを付けて後は下げる「おおざか」。 ![]() この博物館は、都会の高層ビルの中にあるだけに、高低差を生かした展示物があった。 まず、昔の大坂の町並みのジオラマの作り込みからして細かい。 ![]() 「天下の台所」として当時から商業の中心地だった大坂では、 商売繁盛の祭りに乗り物が使われることがあり、 そのひとつとして宝船を模した船が作られたという。 ![]() その心は現在、天神祭の船渡御として有名で、大阪の夏の風物詩になっている。 そして一番の見どころが、明治時代の楽屋を模した巨大な展示物。 その大きさは、2階分もある。 ![]() 店の人が野菜を売っている。 置かれている食べ物が、まるで本物のよう。 ![]() レトロな木造の電話ボックス。なかなかオシャレ。 ![]() ・・・といった感じで、じつに見応えがあった。 この後、大阪城・・・は、じつは何度も見て知っているので行かず、 その外周にある豊国神社へお参り。 ![]() 社殿の裏手には、大量の酒樽が奉納されていた。 酒の名前のひとつに「天下統一」があるあたりが、 かつて豊臣秀吉が大きく関わったこの地らしくて粋である。 ![]() ここからは少しずつ京都へと戻っていく。 西三荘にある、パナソニックの本社。 ここには、パナソニックミュージアムという博物館が併設されており、 会社の営業日であれば開館しており、一般人でも無料で入ることができる。 パナソニックといえば、ナショナル、松下電器産業。 松下製の昔の家電製品が数多く展示されている。 ![]() 中でも珍しかったのが、これ。 ![]() 容器の中に人が座るためのイスが付いている。。 これは、今はなきサンヨーから譲り受けたという「ウルトラソニックバス」というもので、 一言で言えば、人間洗濯機。 1970年の旧・大阪万博で展示されていたものらしい。 ![]() 映像関係にも強いパナソニック。 壁面いっぱいに横に長く映し出された「ヒストリーウォール」が圧巻!! ![]() もっと見たい方は、下の動画にて。 ほかにも、松下電器の創業者だった松下幸之助の生家を再現したものとか。 ![]() 家電も含めてホント、こういうレトロなものに触れるのが大好きだわ!! 続いては、枚方公園。 枚方公園といえば、「ひらパー」でおなじみの遊園地・ひらかたパークが有名だが、 今回は旅のコンセプトがそっち系とは異なるのでそこへは行かなかった。 行ったのは、かつて宿場町だったという枚方宿の小さな通り。 その一角に、枚方宿鍵屋資料館があった。 ![]() ここの展示物で目ぼしいものは、大名行列のジオラマや、 ![]() お歯黒の道具一式。 ![]() 裏手の母屋。 ![]() といったところ。 場所は移って京都府に戻る。 京都府の南部、八幡市(やわたし)にある、石清水八幡宮。 ![]() ソメイヨシノが散った後も、八重桜はひっそりと・・・しかし力強く咲いていた。 ![]() ケーブルカーで一気に山頂に向かい、展望台から外界を見下ろす。 確かにきれいな風景なのだが、曇り空だからか、妙に冴えない・・・。 ![]() 神社の境内に奉納された、大量の酒樽。 ![]() 京都は、中書島から伏見にかけて、宝酒造や黄桜、月桂冠といった 全国でも有名な酒造メーカーがいっぱいある。 それだけに、酒の質・量とも他のエリアとはスケールが違う。 あの世界遺産・下鴨神社などでも同様。 そんな石清水八幡宮の本殿はというと・・・ ![]() おお、いい感じじゃないか! 風格のある朱塗りの社殿で、一見わりとどこにでもありそうな神社にも見えるが、 社殿の中央、ひさしのように出っ張った所をよーく見てみると・・・ ![]() 竜や虎など、動物の彫刻が施されていた。 ほかにも別の拝殿ではハトの彫刻もあり、 ハトはこの神社の神鳥として祀られているようだった。 その証拠に、ケーブルカーには乗らず、本来の登山道を下っていくと。 つまり、石清水八幡宮の表参道のスタート地点には、大きな鳥居があり、 そこに描かれた「八幡宮」の文字。 その「八」が、なんと2羽の鳩をかたどっていたのだ! ![]() 何とも不思議なパワースポットである。 今度は八幡市の北、淀(よど)へ。 京阪・淀駅から程近い所にある淀城址は、 古びた石垣を残すのみで、城や堀などはなく、 ほとんど地元の人たちの散歩コースや憩いの場となっていた。 ただ、城跡だからか、小さな神社が1つあった。 しかも、鳥居が複数、3列にわたって並んでいた。 ![]() やがて、宇治まで行くと、大きな川が目に飛び込んできた。 相変わらずの悪天候の中、宇治神社へお参り。 ![]() この神社の上隣には、世界遺産・宇治上神社があるが、 そこは個人的に言うほど立派な神社には感じられなかったので写真は撮らなかった。 また、この神社のさらに奥は車道になっていて、 源氏物語ミュージアムがあるが、ネットで事前にクチコミなどを調べており、 そこは入館料が高く、しかもガイドがうるさいという話を聞いたので行かなかった。 なので、神社への道をいったん戻って、川のほうへ。 悪天候が幸いしてか、川の中洲の公園に通じる橋には人がおらず、 一直線に伸びるその橋をしっかり撮影することができた。 ![]() そして、宇治といえば、世界遺産・平等院が有名である。 ただ、ここに私が到着した時にはすでに拝観時間を過ぎており、 鳳凰堂などを拝むことはできなかった・・・。 が、入口の外からでも藤の花が拝めたので、それは撮影しておいた。 ![]() まだ藤のシーズン前だったのだが、それでこの規模。 藤の名所である平等院。やはり格が違う。 その他、懸神社(あがたじんじゃ)に寄り道したり、 ![]() 美しい紫式部の石像に出会ったりした。 ![]() ちょうど宇治駅に戻っていくところで雨がポツポツ降り始め、 時間も遅くなってきたうえに私自身もだいぶ歩き疲れたので、 京阪電車沿線の旅はここでドロップアウト。 その足で、自宅に戻っていったのだった。 路線の広範囲を1日乗り降り自由になるチケットをフル活用。 十分に元は取れたよ。
おまけ。 下の写真は、大阪府のどこかにある「鳥居谷」という場所。 歩かないと見つからないほど目立たない。 ![]() また、とある公園には、なんか雑に植えられた大きな花畑が。 手入れはされてると思うが、ちょっとごみごみしてるねぇ・・・。 ![]() ・・・ということで、ここでレポートは一区切り。
旅のレポートの続きは、次のページ(Vol.2:奈良編)で。 |